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判例ー人工呼吸をしなかったことが過失に

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少々古い話になりますが、2016年に出た心肺蘇生に関する判決についてクリップしておきます。

女児救命措置に過失 診療所に6100万円賠償命令


女児救命措置に過失 診療所に6100万円賠償命令
 仙台市泉区の診療所を受診後に死亡した宮城県内の小学5年の女児=当時(11)=の遺族が、診療所を運営する同区の医療法人に約6800万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は診療所の過失を認め、約6100万円の支払いを命じた。判決は26日付。
 大嶋洋志裁判長は「診療所は、救急蘇生のガイドラインで義務付けられた人工呼吸をしなかった。適切に蘇生措置をしていれば助かった可能性が高い」と述べた。
 判決によると、女児は2011年8月、診療所で中耳炎の治療中に意識を失った。看護師は心臓マッサージはしたが、人工呼吸はしなかった。救急隊が人工呼吸を始めたが、女児は重い低酸素脳症を経て約3週間後に死亡した。医療法人の担当者は「弁護士に任せており、答えられない」と話した。

河北新報
2016年12月28日水曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201612/20161228_13014.html




診療所での救命処置の中で人工呼吸を行わなかったことが、過失と判断されたという事案です。

この報道から考えたことを書き留めておきます。


皆さんは、この報道を目にして、どのように感じたでしょうか?


・人工呼吸はしなくてもいいと教わったけど?
・そこまで求めるのは酷だ
・こんな判決が出たら誰も手出しをしなくなってしまう


この報道が流れたのは2016年の年末。残念ながら、リアルタイムで目にしたわけではないのですが、当時、このような論調が多かったのではないかと想像します。

本件を考える上で、勘違いしてはいけない重要なポイントは次の2点です。

・傷病者は子ども
・診療中の出来事であり、医療従事者の対応であった


まずは、これが「子ども」の蘇生であったという点。これが世間の認識とは少し異なる判決となった要因です。昨今、「人工呼吸はしなくてもよい」という論調が多勢となっていますが、これは成人傷病者を前提とした市民啓蒙のための簡略化であり、医学的に人工呼吸が不要となったわけではありません。

そして次に、本件は医療機関内で免許を持った医療従事者に対する「業務上の過失認定」であるという点を正しく理解する必要があります。プロが行う仕事としての救命処置である、ということです。ですから、この判決が出たからと言って、通りすがりの立場で救護にあたる市民救助者が萎縮するような話ではありません。


この2点を、もう少し詳しく解説していきます。



1.子どもの蘇生法は大人とは違う

蘇生科学の世界では、一般的に子どもと大人では心停止になる要因が違うため、対応の優先順位が異なるとしています。

大人の心停止は心原性心停止が多く、心室細動に代表される心臓のトラブルによって、心臓が停まり、それとほぼ同時に意識消失ならびに呼吸が停まると考えられます。この場合、心肺が突然にほぼ同時に停まるため、倒れる直前までは普通に呼吸をしています。

そのため、血液中には酸素が十分に残っていますので、胸を押して血流を作り出すだけで、脳細胞や心筋細胞に酸素供給を続けることができます。

だからこそ、胸を押すことが優先され、倒れた直後であれば人工呼吸は必ずしも行わなくても良いと言われているわけです。



しかし、子どもの場合は、一般論として呼吸原性心停止が多く、呼吸のトラブルから、まず呼吸が停まり、その後、遅れて心臓が停まる、というケースが想定されます。

つまり、心臓が停まる原因は、呼吸停止により、血液中の酸素を使い切ったことによる酸素不足です。そんな状態で胸骨圧迫のみの蘇生をしたらどうでしょうか?

胸骨圧迫により、血液は巡りますが、血液中の酸素は使い切った状態ですので、心筋細胞と脳細胞に酸素を供給するというCPRの目的を達することはできません。

この場合、人工呼吸によって、大気中の21%の酸素(呼気にも17%の酸素が含まれます)を血液に溶け込ませるというステップが欠かせないというのは理解いただけると思います。


そのため、蘇生のガイドラインでは、子どもの蘇生に関しては、人工呼吸は重要で欠かせないものと位置づけています。感染防護等の準備ができ次第、ただちに人工呼吸を行うことを求めているのです。

さらには、可能であれば胸骨圧迫より、人工呼吸を先に開始することさえ提唱されています。


参考過去記事 → 「溺水の救命のポイントは人工呼吸



2.業務対応としての救命処置と、善意の救急蘇生は違う

子どもの蘇生では、人工呼吸が欠かせないという医学的な理由はご理解いただけたと思います。

人工呼吸は必須というと、体液・血液感染のリスクを負ってまでやらなくてはいけないのか、と疑問に思うかもしれませんが、このあたりは業務としての救命処置なのか、責任がない立場での偶発的な対応なのかが分かれ道です。

通りすがりでたまたま遭遇した子どもの急変に第三者的に関わるのであれば、胸骨圧迫だけでも119番通報するだけでも、自分の安全(感染の問題も含めて)を優先して、できる範囲のことを無理せず行えば十分です。

しかし、今回の事案は、診療所での診療中に起きています。

ですから、感染防護具が準備できずに人工呼吸ができなかった、という言い訳は成り立ちません。

そして、当事者は小児も扱う耳鼻科クリニックの医師と看護師であり、子どもの蘇生には人工呼吸が必要であるという判断ができる立場の人たちです。

ここが、人工呼吸をしなかったことが過失と判断されたポイントと思われます。

医療業務として、やるべきことをしなかった。

もしくは、救急対応ができてしかるべき診療所であるにも関わらず、人工呼吸のデバイスを準備していなかった、もしくは人工呼吸のトレーニングをしていなかったことが、システムの不備、注意義務違反と解釈されます。(参考まで、原告の訴えとしては静脈路確保とアドレナリン投与【二次救命処置】をするべきであったと主張してますが、それは却下されています。)

蘇生ガイドラインは5年ごとに改定されていますが、事案が発生した2011年当時の心肺蘇生法ガイドラインでも、そのひとつ前の2005年ガイドラインでも、子どもの心肺蘇生法では人工呼吸が必要であるという点はずっと変わらず言われている点です。


3.考察

昨今の心肺蘇生法に関する世の中の認識を見ていて感じるのは、市民向け、かつ心原性心停止前提の蘇生法の知識(胸骨圧迫+AEDこそがすべて、みたいな)が広がりすぎて、医療従事者をはじめたとした責任のある立場の人たちが心肺蘇生法について誤解しているのではないかという気がしてなりません。

今回の仙台の事案でも、被告側は、人工呼吸をしなかった正当性の理由のひとつとして「救急医療の専門家が行うものではない段階におけるCPRにあっては,胸骨圧迫のみによる蘇生が推奨された時期もある」という理由を挙げています。

いわゆるHand Only CPRが世界に公表されたのは2008年で、当時は、人工呼吸の省略が許されるのは、「病院外で成人が目の前で卒倒した場合」に限定されており、さらに、子どもや溺水、薬物過量などが疑われるケース(つまり呼吸原性心停止疑い)には適応されず、人工呼吸も行うべきである点が強く強調されていました。

つまり、当時から医療従事者が業務中に行う蘇生に対してはHands only CPRは適応外であり、CPRといったら、人工呼吸+胸骨圧迫である点は、2017年の今に至るまで変わっていません。

医療従事者であっても、人工呼吸準備に時間をかけるなら、まずは胸骨圧迫を始めるというのは正しい判断ですが、その後、スタッフが集まってきて準備ができ次第、人工呼吸を開始するのは、大人であっても子どもあっても同じです。決して人工呼吸をしなくていいと言っているわけではないのです。

心肺蘇生法は、社会啓蒙としての蘇生と、業務としての蘇生では別の流れがあるのですが、この点を医療従事者が把握していないのは残念なことです。市民向けの情報番組を鵜呑みにするのではなく、きちんと医学的に学んでほしいところです。

口対口人工呼吸をしろと言っているわけではありません。

医療機関では然るべき人工呼吸のバリアデバイスを準備して、その使用方法は訓練しておく、というシステムの問題と捉える必要があります。

人工呼吸を試みたがうまくできなかったということが問われているのではなく、準備対策をしていなかったことが問題になっている点には注目すべきです。



この判例について、「厳しい」と感じる医療者の方もいるかもしれません。免許取得過程で小児の救命法を教わっていないというのも事実かもしれません。

しかし、市民の目からみたら、病院勤務の医療従事者であれば、然るべき対応ができると期待しているのは紛れもない事実です。

それに対して、自分の時代は教わっていないからできなくても仕方ない、と遺族に対して面と向かって言えるでしょうか?

然るべき対応とはなにかの判断基準が、判決でも取り上げられているように日本蘇生協議会のJRC蘇生ガイドラインです。今回は、そこに書かれているエビデンスレベルや推奨度も検討され、クリニックにおけるアドレナリン投与までは求めないものの、人工呼吸は行うべきであったと司法は判断しました。



このニュースを聞いて、少しでも心を揺さぶられるのを感じたのであれば、市民啓蒙のための簡略化された救命法ではなく、医療従事者向けの、そして小児BLSを学ぶことをおすすめします。

日本蘇生協議会のJRC蘇生ガイドラインはPDFで全文公開されています。

ぜひ、第1章 一次救命処置(BLS)と 第3章 小児の蘇生(PLS)だけでも目を通して見てください。

https://goo.gl/pjJrUa

そして、ご自身が勤務する施設に置いてある人工呼吸のためのデバイスを確認してください。

どこになにが置いてありますか?

そして、それを使うことはできますか?

もし、備品としてないのであれば、AEDと合わせて換気器具を配備することと、その訓練を提案してはどうでしょうか? AEDのように高価なものではありません。ポケットマスクなら3,000円程度、バッグバルブマスクでも、ディスポーザブルのものが1万円以下で買えます。


裁判官の判決にあった「適切に蘇生措置をしていれば助かった可能性が高い」という判断や、蘇生ガイドラインが義務であるという表現に引っかかりを感じる部分もあります。しかし、事例から私たちは未来をより良くする改善に目を向けたいと思います。





ABCDEアプローチの順番-酸素の流れを追う

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PEARS/PALS、ACLSでもおなじみのABCDEアプローチ。

これは救急医療で標準の考え方でもあります。

D(神経学的評価)とE(全身観察)の評価内容と介入の中身については、外傷系や神経系では若干の方言がありますが、根本的な考え方は変わりません。

ABCDEアプローチ【体系的アプローチ】


生命危機というゼネラルな考え方の中で特に重要なのは、大気中の酸素が体の中の細胞に届くまでの過程を追っているという点です。

その上ではABCDという順番を無視することができません。

傷病者がパット見で「意識障害あり」と判断された場合、ついつい神経系の観察を優先してしまいがちですが、その意識障害がショックや呼吸不全による脳細胞の酸素供給不足だとしたら、どうでしょうか?

ですから、どんな場合でも、気道が開通していることと、呼吸機能が保てていること、循環機能が保てていることを、この順番で確認していくことが大切です。



「パニックで人工呼吸できず」で送検|指導側の対策は?

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読売新聞2017年10月6日付でこんなニュースがありました。

無痛分娩死で院長「パニックで人工呼吸できず」 読売新聞


無痛分娩死で院長「パニックで人工呼吸できず」

 大阪府和泉市の産婦人科医院「老木(おいき)レディスクリニック」で1月、麻酔で出産の痛みを和らげる無痛分娩(ぶんべん)をした女性が死亡した事故で、担当した男性院長(59)が府警の調べに、「人工呼吸をしようとしたが、パニックになりできなかった」と供述していることが、捜査関係者への取材でわかった。

 府警は、救命に必要な処置を怠ったとして、6日に院長を業務上過失致死容疑で書類送検する。

 無痛分娩を巡り、医師が書類送検されるのは異例。院長は容疑を認めている。

 捜査関係者によると、女性は同府枚方市の長村千恵さん(当時31歳)。院長は1月10日、長村さんに局所麻酔を実施。長村さんが呼吸困難を訴えたのに、経過観察を怠って容体急変の兆候を見逃したうえ、急変後も人工呼吸を行わず、同20日、搬送先の病院で、低酸素脳症で死亡させた疑いが持たれている。

(2017年10月6日(金) 7:05配信 読売新聞



先日、耳鼻科クリニックで小児の心停止で、(胸骨圧迫のみで)人工呼吸をしなかったことが「過失あり」と認定された ケースを紹介 しましたが、医療機関内における救急対応でも、その中身や質が問われる時代になってきています。

いざという時は慌ててしまって、準備していたものが100%発揮できないというのは、人間としてありえることですが、それを押してでも対策を考えておかないといけないのかもしれません。

AHA蘇生ガイドライン2010で書かれていた点ですが、いざという時に対応できなかった理由の第一位は「パニックになった」(37.5%)でした。

そのため、次のように勧告しています。

「CPR訓練によってパニックの可能性に対処し、パニックの克服方法を考えるよう受講者に促すことは効果的である」 (クラスIIb LOE C)


救護義務と訴訟を考えたときに、まず問題とされるのは「体制」です。

つまり、きちんと訓練・準備されていたかどうか、です。

学校などでも、しばしば対応マニュアルがあったかどうかが問題とされるのはこの部分になります。

そして訓練をしていたかどうか?

先の耳鼻科クリニックの例に関して言えば、判決の中で医師はBLS訓練をしていなかったことも俎上に上がっていました。

そして仮に訓練がなされていたとしても、その中身が問われる時代になりつつあります。


この産科クリニックの例のようにパニックになってできないというのは、ある意味想定内のことです。

だったら、訓練の中でパニックに対応するようなトレーニングをしていたか、が問題となってもおかしくありません。


ここから、CPR訓練提供者であるインストラクター側の問題として考えていきますが、私たちは蘇生ガイドラインが勧告しているような「パニックの克服方法を考えるよう受講者に促す」ようなトレーニングを提供しているでしょうか?

ありきたりの技術練習に終わるのではなく、受講者が慌ててパニックに陥るようなシチューションを提示し、対応してもらう機会を作ることが重要だと言えます。

この点、AHA-BLSプロバイダーコースでは、2015年のコース改定で「パニックの克服方法を考えるよう受講者に促す」ための訓練とも言うべきものが導入されました。

それが、「ハイパフォーマンス・チームアクティビティ」と呼ばれる10分間のチーム蘇生を行う場面です。

受講者4~6名程度で、どう行動するかが試されるこの場面、シナリオ提示の仕方によっては、効果的なパニックガード訓練にすることができます。


これに限らず、リアルな状況を設定して、そこに予想外の展開を仕込むことによって、パニックを疑似体験させて、その後の振り返り(リフレクション/デブリーフィング)によって「パニックの克服方法を考えるよう受講者に促す」ことができます。


これは、時間が許す限り、どんなCPR講習の中でも、取り入れたい内容ですね。




BLS横浜ブログは移転しました

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本ブログは、2017年10月12日をもって移転をしました。

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